現実世界のアナログってなに?
便宜上「アナログ(連続的)」という言葉はよく使われる。
しかし、現実世界に真にアナログなものは本当に存在するのだろうか、という疑問がある。
私は物理も数学も化学もほとんど勉強しておらず、この問いに対して確かな答えを持っているわけではない。 それでも、「連続」と「離散」という対立する概念を考えていくと、どうしても引っかかる点がある。
アナログ(連続的) とは、任意の2点の間に 常にさらに小さな値が存在し、切れ目が存在しない 性質のことを指す。
言い換えれば、 どれだけ拡大しても滑らかであり続ける世界 である。
一方で デジタル(離散的) とは、ぱっと見では連続しているように見えても、十分に拡大すれば必ず値が飛び飛びになっており、切れ目が存在する世界 である。
つまり私の最初の疑問は、次のように言い換えられる。
現実世界に「最小単位が存在しない」という状況は、本当にあり得るのだろうか?
仮想の世界であれば、それは容易に想像できる。
数学の世界はまさにそのような構造を持っていると認識している。
しかし現実世界について考えると、どこかに「これ以上分割できない最小単位」が存在するほうが、直感的には自然に感じられる。
もっとも、仮に最小単位が存在したとしても、その単位が極めて小さく、観測上は連続にしか見えないのであれば、それは事実上「無限に小さいもの」と区別がつかないのではないか、とも思う。
私たちが存在するこの現実世界に、真に連続的なものは存在するのか。
存在したとして、証明可能なものなのか。
砂場に一本の線を書いた —— それは連続的か
個人的に、自然現象や物質そのものについては、感覚的に「真に連続的」とは思えない。
一方で、砂場に一本の線を書いた場合はどうだろうか。この線そのものは連続的とも感じる。
少なくとも人間の知覚においては、それは連続的な線である。
一般に「アナログ(連続的)」という言葉が指しているのも、知覚的に連続であるという性質なのではないだろうか。
実際、「概念としての線」や「人間の認識としての線」であれば、それは連続的だと言える。
しかし、これを物理的実体として捉えると、次のようにも言える。
線は連続体ではなく、「離散的な粒の配置パターン」である。
つまり砂場の線は、
知覚的・意味的には連続的な線であり、実体的には離散的な配置である。
したがってそれは、真に連続的というよりも、連続的に見える離散構造だと言えるのではないか。
抽象的に見れば連続的な線であり、具体的に見れば離散的な配置である。
そしてそのどちらも、嘘ではないように思える。
現実世界は連続?離散?
最初のほうで、この世界が連続的であると証明するのは難しいのではないかと書いた。
しかし、離散的であると証明するのもまた同じくらい難しそうに思える。
というのも、無秩序で膨大な数の離散的な要素が重ね合わされた場合、それはどれだけ細かく観測しても、連続的であるかのように見えてしまう可能性があるからだ。
何もわからないこの世界で、私はこの世界を離散的なのではないかと思っている。
根拠はなく、どちらでもよいものの、その方が少しだけ気持ちよく感じる、といった程度のものである。
あなたはどう思うだろうか。
かつての地動説や天動説のように、未来の誰かがこれを解き明かしてくれるとしたら、それはとても夢がある。